春が近づいてきました。花粉も増えてきましたけど😩
このブログの「むかし話」には、私自身の多次元的な体験をいくつか掲載していますが、読者のなかには、このような多次元の現実や、さらには世の中で数多く語られている、臨死体験を含む異次元体験の数々も、非二元的にいうと、すべて幻想やでっち上げで何の意味もないということなのか、と訝しんでおられる方がいらっしゃるかもしれません。
この3次元現実が幻想である、と言われてもピンと来ない方も含めて、今日は、我々が「現実」と認識している3次元地球を含む、多次元的な世界(現実)と非二元の関係について、スタート地点から簡潔に紐解いてみたいと思います。
■3次元地球と多次元世界
皆さんが生活しているこの3次元地球は、この宇宙に存在する多次元現実の一つに過ぎないのですが、世の中の多くの方は、3次元以外の世界を実際に認識することができないので、そんなものが存在するのか疑わしい、と思っておられます。しかし、「科学的な常識」を少し使えば、この固定観念はすぐに打破されます。
可視光線を例に挙げてみると、我々の目には、赤から紫までの光の色を感じる器官が存在するので、素直に「色彩は現実」だと思っています。けれども、現代においては、紫より短い波長の光線(紫外線)や赤より長い波長の光線(赤外線)が存在することは広く知られていて、生活にも役立っていますよね。紫外線や赤外線を見ることができないのは、それを感じる器官が身体にないだけだ、と多くの人が理解しています。
多次元世界の存在は、この例と同じことです。存在しているのに認識できないのは、身体(五感)の波動、波長と別次元の世界の波動、波長が異なるため直接認識することができない、というだけなのです。
では、どうすれば認識できるのか? 身体から出てしまえば、直接認識できる可能性があります。これが体外離脱(OBE)や臨死体験(NDE)です。
ただ、OBEやNDEを経験した人たちが、同じような「外側の世界」を見て帰ってくるか、というと、これが千差万別です。なぜこのような違いが生まれるのか、というと、それぞれの人の意識状態(進化)が異なるからです。高い次元の世界(現実)は波動が高い、つまり微細で速いので、それをキャッチするための意識も精緻で速くなければなりません。
■ロバート・モンローによる説明
体外離脱のエキスパートであるロバート・モンローは、「地球世界の輪廻転生の環から脱出するためには、かなりの速度が必要である」と言っています。この言葉が意味するところは、多くの人が「地球世界」の外側に接触できる意識状態にない、ということなのです。
因みに、ロバート・モンローは「魂の体外旅行」という著書のなかで、死んだ人の意識状態について大まかに以下のように説明しています。
一般論・・・地球世界の環の中心に行くほど、人間的な時空間幻想が強まり、外側に行くほど非肉体的現実が強まる。環はいくつもの層となっている。
一番内側の環・・・肉体的には死んでしまったが、その事実に気がついていないもの(生存行為を続けようと足掻くもの=むかし話「天国と地獄」の地獄の状況)
次の環・・・肉体的に死んだことは認識しているが、肉体以外の存在形式について気づいていないもの<気づくまで転生が繰り返される状態;宗教に洗脳されて審判が下るまで待ち続ける、も含まれる>
亡くなった方の大多数がここまでに存在しています。
一番外側の環・・・最後の人間体験の準備をしているもの(ごく少数)。最後の人間体験を終えて出てくるとき、「彼らは光り輝き火花を散らしつつ、数々の環体を外側に進み、最も外側の環体を通過するやいなや、突如としてすべての知覚の範囲から消え失せ、何の残像も跡を残さない」
つまり、体外離脱であれ、臨死体験であれ、本人の意識状態によって、肉体を離れたときに認識できる世界が異なる、ということなんですね。ですから、人によっては3次元現実の延長のような、自らの宗教的な信念を反映した体験をしてしまいます。
なお蛇足ですが、モンローさんの説明の最後の部分(最後の人間体験を終えた描写)が、おそらく「成仏」に相当するのでしょう。
■3次元地球の外側の世界
では3次元地球の外側はどうなっているのか、というと、もちろん広大な宇宙が広がっています。もっとも、我々人間の3次元肉体器官で認識できる世界は、そのごく一部に過ぎません。
その世界で活動するのが、一般に「魂」と定義されている存在です。魂とは何か、を論じ始めると、それだけで一冊の本を書けるぐらいですので深く立ち入りませんが、誤解を恐れず簡単に説明すると:
・魂意識のごく一部が人間の意識となっているが、人間として生きている部分の意識は、元の魂意識を忘れて思い出せない(原則)
・魂は、非常に多くの「個」の意識の集合体であり、体験を重ね、他の意識と統合することにより、大きく進化していく。魂意識のなかに「個」は存在するが、他の「個」も自分として捉えられる。人間意識からみると、きわめて進化した神のようにも感じられる存在だが、本質的には「自分自身」。(→むかし話「はじめてのスピリチュアル体験」、ロバート・モンローの「インスペック」)
・魂の起源は明らかではないが、物質的宇宙と同時か、それ以前から存在している。(魂意識は、時空を超える)
・魂は「非物質的存在」(ある種の波動)であるが、物質化することも可能。
魂は、自らの自由意思によって「人間」としての体験を選択します。魂から見れば、人間世界は一種のシミュレーションゲームであり、「夢」ということもできます。つまり上位の意識波動からみた下位波動の現実世界は幻想や夢である、ということなんです。
やや脱線しますが、皆さんがガイドとか守護霊とか呼んでいるものは、すべて自分自身の「魂」の一部です(笑)。これらを自分の外部の存在と考えて、崇拝したり、神頼みしていると、うまくコミュニケーションできません😅
■ナンシー・ダニソンによる描写
臨死体験で有名なナンシー・ダニソンさんは(臨死体験6回!)、最近新しい本を出版したそうですが、それを契機に、人間を「卒業した」魂の意識状態について、かなり詳しく語っています(2024年11月;動画はオートダビング版=AIによる自動日本語翻訳付ですが、音声はUSオリジナルに切り替えて日本語字幕のみで視聴されることをお勧めします)↓

なお、「来世で他人の人生を生きることができる」は、かなり誤解のある標題です。この動画のなかで、ダニソンさんは、「人間を卒業し、拡大した魂の意識状態では、いろいろなことが可能であり、その一つとして、魂の仲間<グループソウル>の意識(光線)の体験をなぞることができる」としています。
■魂の存在目的
なぜ魂が存在するのか、何を目的としているのか、については、まさにそれぞれが探求すべき最大の課題でしょうが、ロバート・モンローもナンシー・ダニソンも、表現は違えど、同じようなことを言っています。
<ロバート・モンロー>
「基本」とは「部分」を集めて統一することだったのだ。私自身のIT(I There;魂)に属する人格だちだけでなく、私が結ばれているすべてのIT集合体(グループソウル)について、欠けている構成員を集めるのだ。・・・・・・なぜ、そんなふうに統一体となる必要があるのか。それは、私たちが真に「ひとつ」になるためだ。完全となり、数限りない経験と愛の贈り物を携えて行くためだ。そうして、統一体となった私たちは瞬いて消え去り、「孔」*を抜けて行くことができるのだ。(ロバート・モンロー「究極の旅」P249)
*「孔」=グレートエミッター;すべての存在、宇宙(夢)が創出される噴出孔
<ナンシー・ダニソン>(先ほどの動画12分過ぎあたりから)
ソース(源)の外縁部分(コロナ)を通過していたとき、ソースは無限に広がるエネルギー場であり、宇宙も含まれている、と気がついた。・・・・・・ソースの核心に到達する前に、互いに融合しなければならない。さもなければ「吹き飛ばされてしまう」。
<私の仮説😅>
魂とは、ソース(源、すべて)の部分であり、創造された(無限の)宇宙を探求し、具体的体験を通して「絶対的な愛」(エネルギー)を創造する仕組みの一部である。ソースにより創造された(物質的および非物質的)宇宙の起承転結を担う重要な要素。
物質的宇宙も、非物質的宇宙も、ソース(すべて)からみれば、「夢」であり、夢を体験しつくした魂は、大きな(進化した)集合体となってソースに回帰する。
次元を超えた繰り返しの運動(宇宙の創出と撤収;呼気と吸気)は永遠であり、始まりも終わりもない。
■多次元現実(世界)と非二元の関係性
以上、簡単に見てきたように、我々はいま、3次元地球に意識の焦点を当てているので、そこが「現実」だと思えますが、肉体を出て魂状態となり、別の宇宙世界に焦点を当てれば、それも「現実」です(「現実」の度合いは、世界によって多少異なりますが)。
しかし、上位の意識波動から見ると、その現実は単なる「幻想」である、と思えてしまいます。タマネギの皮を剥くようなものですね。
では、非二元とは何か、というと、その全部の向こう側に(というか、すべてを含んで)存在する、「すべて」「ソース」「空」などとイメージされているものである、としか表現できません。
特徴的な違いを説明すると、「すべて」以外の世界では、認識するもの(主体)と認識されるもの(客体)が存在します。しかし「すべて」においては、その区分が存在しません。認識するものと認識されるものが「二元」であり、すべての宇宙は二元世界です。その区分がない状態が「非二元」です。
二元の世界は、非二元によって創造される実体のある「現実」のように見えるけれども、非二元以外のものに実体はなく、創造するものも、創造されるものもない、というのが非二元の究極の立場です。
■今までご紹介した非二元論者たちの見解
世の中の「非二元論者」の方々が、ここで説明したような多次元現実(世界)を認識しているのか、肯定しているか否か、については、全く分かりません。非二元論者の著作に、それらを匂わせる記述もたまにありますが、トニー・パーソンズや日本で現在活躍中の方々の説明には、多次元宇宙(現実)についての言及は殆どありません(「魂」などは幻想と切って捨てる向きもあります。直接的に体験したうえで、幻想だと言っているのかもしれませんが😅)。
ただ少なくとも、「人間」が3次元地球というシミュレーション上の存在であって、自我(自分)なるものは実体として存在しない、という認識に達していないと、輪廻転生の環を脱出することはできない、ということなのかな、とは思います。
やはり非二元を言葉で説明するのは、わたくしの能力をはるかに超えています。皆さんご自身で体験して納得頂くほかありません・・・・・・。
次の投稿は、桜が咲いてから、になりそうです😁

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